最後です。
フランス語学習者でディクテに興味を持たれた方は、ぜひ小説の書取にチャレンジして欲しいと思っています。
小説を書き取っていく学習スタイルには、
1)日々の学習がそのまま翌日に繋がるため習慣化しやすく、モチベーションを保てる。
2)話の成行きを気にしながら、ディクテにありがちな作業感が減り、あっという間に時間が過ぎる。
3)関連する語彙のストックが、嫌でも、意識しなくても、勝手にどんどん溜まってくる。
4)小説に頻出の直説法単純過去の活用形も、意図せず簡単にマスターできる(要らないとか言わない。)
などのメリットがあります。
けど、そんなことはどうでも良いです。
とにかく小説を一文一文、一言一句漏らさずに書き取り続けることで得られる、あの独特の感覚を味わって欲しいと思っています。
・・ここでいう「独特の感覚」って何でしょうか。具体的に3つ書きます。
①舞台への没入感
ディクテを通じて小説の世界にダイブすると、舞台がまるで今そこにあるもののように感じられ、五感で情景の洪水を浴びるような感覚になります。
「女の一生」でジャンヌが静かに過ごしたエトルタの自宅の庭からは、旬の草花から湿気を帯びた、むせ返るような匂いがします。
「ジェルミナル」のモンスーの炭鉱は、ゴツゴツと厳しい岩肌と圧倒的な威容をもって眼前に立ちふさがり、息苦しさを覚えます。
「夜間飛行」でファビアンが、嵐を超えて到達した天空は、どこまでも神々しく、満天の星空の元で永遠の静謐を保ちます。
・・別に描写を盛っているわけでなくて、没入すると本当にそんな感覚になるのです。その情景を深く記憶に刻み込みながら。。
②登場人物への感情移入
そんな舞台の中で、主人公を始めとする登場人物たちは躍動し、書取する自分自身と同化していきます。生身の人間の情感を、等身大で感じ取れるところに小説の書取の楽しみがあります。
特に覚えているのがボヴァリー夫人の時のことです。
この時は、破滅に突き進む主人公のエマに対して感情移入しながら書取が進んでいきましたが、徐々にエマに自分自身を投影するような感覚になり、最後は自分がエマになったような感覚すらありました。
4年半かけてこの小説を書き上げた著者のフローベールが「ボヴァリー夫人は私だ」と言い放ったのは、こういう感覚だったのかなと思ったりもしました。
③フィナーレの感慨
どんなに長い小説でもフィナーレは訪れます。最後の最後まで一文残らず文章を書き取りきった時の感慨は、何とも形容し難いものがあります。
それは書取し終えたことによる達成感、もう戻ってこない未知の喪失感、登場人物やその世界との別れからくる寂寥感など、色々な感情を綯い交ぜ(ないまぜ)にしたようなものです。
そして心地よい眩暈を感じながら、書取し終わった小説が自分のものになったという喜びに打ち震えるわけです。
・・私は、星の王子さま、異邦人などを書きとっていくうちに、これらの感覚に脳を焼かれディクテ中毒になり、また同種の感覚を味わうために、次から次へと小説を書き取っていきました。
・・
小説のディクテは、取り掛かるのは大変だし、最初はめっちゃくちゃ難しいし、中々進歩の実感が得られないし、凹むこともあると思います。
けれども、これは独学者にとっては「急がば回れ」的な学習法なんだと思います。私は毎日の書取を通じて、聴解力、語彙力、仏文解釈力が相応に高まった実感はあります。DALFの結果や仏検での進歩を見ても、意味はあったと思います。
・・
今回のシリーズの最後に、ディクテで偶然掘り当てたこの楽しみを、他のフランス語学習者の方々と少しでも分かち合えたらと思って、アピールしてみました。
ニュアンスを上手く伝えきれていない部分は申し訳ないんですけど、一度でも小説をしっかり書き取ってみれば、私の言いたいことは伝わる筈です。
もし何か小説を書き取ったら、是非その感想を教えてください。私も、小説のディクテをいつか再開したいと思っています。
これでディクテ学習法を振り返るのも終わりです。読んで頂いた方、有難うございました。ご意見ご質問あらば忌憚なくコメントください。
(3/19追記 教材から小説の部分を移設、過去の質問をリライト掲載)
終わったはずなのに、追記してごめんなさい。小説の書き忘れた部分について触れておきます。
小説の素材はどこで手に入るか
著作権保護期間を過ぎた(作者死後70年経過した)著者の作品は、検索すれば、Wikisourceなどパブリックサイトにいくらでもあります。わざわざペーパーバックを買う必要はありません。
小説の音源はどこで手に入るか
当該の小説の無料の素材があるか見たければ、Livreaudio gratuit 作品名の3点で検索してみると良いと思います。
著作権切れの有名な作品のポータルとしては、下記のサイトなんかが有名です。章ごとに細かくMP3ダウンロードできるようになっています。
ボヴァリー夫人の一番最初の章の見本もあります。最初の音楽を聴いただけで涙が出そうになる。
http://www.litteratureaudio.net/mp3/Gustave_Flaubert_-_Madame_Bovary_L1_Chap01.mp3
(MP3注意)
ただこの種のフリーサイトは、作品によってクオリティのばらつきが大きいです。読み間違え、読み飛ばしに加え、背後の生活音がうるさかったりします。
経済的に余裕ある人は有料版を探して買った方がいいでしょうね。ただこれは知名度の高い作品中心で対象が限られます。
どういうのがあるかという例として、欧明社の通販サイトのリンクを貼っておきます。全部で88作品ありますね。
- フランス語書籍専門 欧明社 Librairie OMEISHA
どの小説から取り掛かればいいか?どれくらいの学習進度の時期に取り掛かれるか?
自分が一番最初に取り掛かった小説は「星の王子さま」でした。取り掛かりとしては本当に良い小説でした。読み上げが100分程度で分量的にもちょうどよかったです。
ただし、他の小説よりは難易度が低かったとは思いますが、それでも簡単ではありませんでした。私はディクテ主体で単語集、文法集2冊を済ませてから取り掛かりましたが、かなり苦労しました。
この時期は、とにかく小説の読み上げが速すぎて、ついていけないと感じると思います。なので、ゆっくり聞くか、何度も聞くか(自分はこっち)、対処しないとどうにもなりません。
文法を一通り学び、単語知識を2000、3000は積まないと太刀打ちできないと思います。仏検で言えば準2級~2級に匹敵する知識レベルは必要だと思います。
星の王子さまの書取が難しすぎるようであれば、小説からは一旦退却して、幾つかあるニュースWebのディクテ練習サイトで鍛練を積んでから再チャレンジされた方が良いと思います。
星の王子さまと同じようなレベル、もしくはもう少しだけ難しいレベルの小説など、何かおすすめはあるか?
自分が経験してきた中では、モーパッサンの短編集あたりが文体が素直でまだ取り組みやすいかとは思います。音源(Litteratureaudio.com)と、文書ソース(Wikisource)を載せておきます。Deeplで翻訳して確認しながら進めると良いと思います。
後は、同じくサンテグジュペリの夜間飛行、ジッドの田園交響楽あたりが、まだ与し易い方の小説だとは思います。分量としては両方とも中編小説くらいです。