とにかくフランス語を勉強する

フランス語に加えてイタリア語もダラダラ勉強しているダメリーマンの記録

溺れるものと救われるもの(I sommersi e i salvati)を踏破する

 

プリモ・レーヴィの「溺れるものと救われるもの(I sommersi e i salvati)」を踏破しました。40日、ゆっくりと書き移しながら読みました。

 

・・読後感が何とも形容できません。重いというか、ずっしり来るというか。

この本は、自分が今まで親しんできたジャンルの小説や自伝ではありません。

著者が生き抜いたアウシュヴィッツについて、その社会構造の難解さ、暴力装置としての意味、恥辱を与える理由、囚人の知性との関係、ドイツ人の贖罪意識など、様々な断面から自由に思考を展開したものです。

論説ではないし、エッセーでもないし、敢えて言うなら考察録とでも言うんでしょうかね。

今の世界情勢に対するメタファー(暗喩)を随所に感じられるところに、レーヴィの指摘の鋭さを感じます。

 

これでここまで、プリモ・レーヴィについては、

アウシュヴィッツの体験を描いた「これが人間か(Se questo é un uomo)」()、

その後の解放から帰国までの放浪の旅を描いた「休戦(La tregua)」()、

そして彼の化学者としての小話集「周期律(Il sistema periodico)」()、

そしてそれらを集成して思考を展開した「溺れるものと救われるもの(I sommersi e i salvati)」、

4作読んできたことになります。歴史だけでなく、現代社会への解像度も間違いなく上がったと思います。

少し復習してから、次に移りたいと思います。

 

あと追記。

※1 事前にプリモ・レーヴィの「これが人間か(Se questo é un uomo)」だけでも読んでおかないと、話が理解しにくいと思います。

※2 小説や自伝の時と違ってセリフが殆どなく、プリモ・レーヴィの説明が銃弾爆撃のように延々と続くので、最初は読みづらく感じました。

※3 古い小説とか、古代の神話とか、歴史上の人物の逸話などを参照したスノッブな例えが多く、日本語訳の解説がないと中々納得しながら進めません。難しー。

 

 

(12/14 追記 新しい小説を読みます)